2014年4月18日金曜日


4月20日 イースター合同礼拝

説  教  「終わりから生きる」太田春夫牧師

聖  書  マルコ1618

讃 美  歌  子どもさんびか・81899113534

交読詩編 98編

招詞 93141

坂町坂だより NO.329



 あの「311」原発事故の破局の恐怖も忘れたかのような政府のエネルギー基本計画に、大きな失望と政権の無節操を覚えたのは私だけではないと思う。もう一度原発事故が起こったなら間違いなく国が滅びるし、一国だけではすまない事柄だ。これからの子どもたちのためにどんな世界を遺してゆけるのか、我々大人たちが生き方を問われている。

 ところで先日ドイツ語福音教会のオルガニストのH姉から久しぶりのメールが届いた。そこには復旧した三陸鉄道の南リアス線に、釜石保育園の子どもたちが乗っている映像がTVで放映されている、というものだった。メールを開いた時間が遅かったので、直接TVを見ることができなかったが、園長先生のF姉に率いられた子どもたちの楽しげな姿が映っていたという。実は新園舎建設は、オリンピック等の影響もあり、入札が何度も流れていて、この春のお引っ越しは叶わなかった子どもたちと園長先生である。三鉄よりも新園舎であったと思うが・・。

 しかし三鉄の全線が5日、6日に南と北とで完全に復旧したニュースは寄付をした私たちにも嬉しい便りであった。北リアス線は久慈から宮古まで、南は釜石から大船渡まで。宮古と釜石の間はJRの山田線であるが、寸断されたままで何も手が付けられていない。採算が取れない赤字路線をJRは放棄したいのが本音のようだ。第3セクターで30年前に始まった三鉄も、山田線の経営を引き継ぐことに逡巡しているようだ。何故なら復旧したとはいえ、毎年の経常赤字が小さくないわけで、どうしたら採算が取れるようになるか頭を痛めていると思われる。

 その対策の一つが都会の人々が被災地に出かけて行って、三鉄に乗ることであると思う。それは間違いなく復興支援の大きな貢献になる。あの地で何が起こったのか、何がまだ不足しているのか、これからに向けて何ができるのか、自分たちの目と耳で、あるいは5感全てで感じ取ること。便利な大都会の繁栄と生活を支える地方の現実を、足を運んで感じ取ることは課題を分かち合うことでもある。何より教会の皆さまには、既に復興支援で三鉄の切符を買って頂いている。切符の有効期限は復旧から1年間。来る8月の北支区・被災地訪問交流の旅でも三鉄南リアス線に乗車する予定である。是非ご参加頂きたい。

坂町坂だより NO.328



 お隣のW教会のK先生とは親しくさせて頂いているが、K先生が色々な所に書かれるコラム、ショートメッセージ、書評などはいつも示唆に富み、心打つものが多い。その一つ、日本クリスチャン・アカデミーの機関誌「はなしあい」の巻頭言で、安倍首相の靖国参拝、集団的自衛権などの憂うべき事態を指摘した後、102歳の医師・日野原先生の朝日新聞の文章を引用している。孫引きも含めて引用させて頂く。

 ・・・ご自分の平和への願いを、将来の日本・世界をつくっていく子どもたちに伝えるため、10歳の子どもたちへの「いのちの授業」を大切に続けたいとのこと。・・「私のミッションは、彼らが柔らかい心を持った時代のうちに、平和の尊さを心に刻んでもらうことです。日本を戦争のできる国にしようとする政府の動きに、ハッキリ『NO』を言える勇気を持ってもらうことです。沖縄の米軍基地を容認することでもなく、日本が戦力を持つことでもない。外交による平和を実現してもらうことです。」・・・こうした願いが、自分の存命中に叶えられないとしても、平和を祈る子どもたちが世代を重ね、さらなる知性を獲得し、他者の命を重んじる地平を拓いてくれる、そのことを希望として、最後まで子どもたちに訴え、育てようと決意しておいでだとのこと。こうした一文に触れて、深く感動しました。・・・そう記されていた。

 また4日の朝日新聞のインタビュー記事、「アベノミクスと隣人外交」と題した、元駐日カナダ大使:ジョセフ・キャロン氏の見解も素晴らしいと思った。キャロン氏は、出だしでは安倍首相の政策を評価しているが、靖国参拝や国家主義的な言動の矛盾を鋭く指摘。カナダと米国との関係と中国と日本との関係との共通性を提示したうえで、カナダの外交から学ぶべきを助言。見出しにもまとめられているが、「中国と対立しては経済復活ありえぬ、見極めて利用せよ」また「もはや島国ではない、国境は頭の中に、変えるべきは感性」との主旨で、島国意識や脱亜入欧意識からの脱却と、地政学的現実を認識し、若者の国際交流、アジアを重視した多言語習得の教育改革の必要性を具体的に提言している。

 報告書が届いている北支区の第10回韓・日青少年合同修養会の地道な積み重ねこそ、これらの提言の射程にあることを思わされた。

2014年3月30日日曜日

坂町坂だより NO.327


 

 先週のこの欄に、渋谷での脱原発の「ママデモ」について書いたが、紹介だけでは裏付けに欠けるので妻と二人で一緒に参加した。たまたま教会での集会も終わったところであり、お天気にも恵まれていたので出かけることにした。脱原発の金曜デモにも、また他の脱原発集会にもなかなか都合がつかず参加できないことが多い。だから今回のママデモの事を論評することなどできないが、やはり初めてのママデモは少々こころもとなかったように感じた。しかし、このデモの企画から開催までの準備や手続き、安全に行うための応援の要請・打ち合わせ等々、初めてゆえのご苦労がたくさんあったことを想像しながら歩いた。

 主催者発表では約500人の参加者。ママたち、子どもたちが先頭に立ちバギーの幼児やパパ達が続いた。女性が大半であるが、私たちのような孫のいる中高年層が後列を歩いた。全体は2つのグループに分かれ、交通規制の警官に守られ、デモ行進の補助をする男性陣にも助けられてゆっくりと歩いた。参議院議員1年生のY氏も参加し、道行く人々に主旨を説明し、繰り返し脱原発を訴えていた。

 孫のような幼児も含め、周りにはお祖母ちゃん、お祖父ちゃんたちが幾組も歩いていた。渋谷駅から青山通り、母校の前を通り左折して表参道ヒルズの前、明治通りへ曲がり公園で解散というルートで、1時間半程で約1万歩を歩いて無事に終了。日曜の夕方、多くの若者たちで賑わう交差点を歩道ではなく、道路上から歩いて見ることの意味を思わされた。それは「視点の転換」という大切な経験であった。

 家庭の食卓においても時には座る場所を変えてみる。すると見えてくる「世界」が変わってくる。固定化しやすい私たちの視点、観点を時に変えてみる。礼拝堂の座席の位置も変えてみること。便利で快適な、大量消費やブランド志向の大都市文明を、様々な生産で支えている地方と交流して視点を変えてみること。エネルギーを生み出し、廃棄物を受け入れている地域に行ってみること等。国や民族の問題でも同じことが言えるだろうし、今回のママデモが成し遂げたのは、ママたち自身による視点の転換という挑戦であった。今までは歩道で眺めていた自分たちが、未来である子どもたちと一緒に道路に立っていたのだから。

坂町坂だより NO.326


 

 先週「3・11、映画と祈りの夕べ」を開催したが、この週は東京教区北支区においては大変珍しく、我々の『遺体』の上映会に続いて、お隣のエパタ教会での上映会が14日、早稲田教会での上映会が15日に組まれていた。さながら「北支区映画週間」のようであった。

 エパタの上映会は、ドキュメンタリー映画『赤貧洗うがごとき~田中正造と野に叫ぶ人々~』で、日本基督教団東京教区部落解放5支区代表者会・西東京教区部落解放担当の共催によるものだ。当教会の上映会にもいくつもの教会から来て頂いたので、金曜夜の上映会に私も参加した。大変硬派の映画であり、かなりマイナーな映画である。参加者は多くは望めないだろう。しかし一人でも多い方が良い。そう思っていたら出発直前、再び釜石の漁師さんから「生ワカメ」がどっさり届いた。そこでその生ワカメを上映会参加者のお土産に。皆さんへのお裾分けと今後の釜石の「復活のワカメ」の被災支援・販売促進を兼ねて持参した。

 「赤貧・・」は2度目の鑑賞になる。釜石時代にも観た記憶がある。

「・・ああ、記憶せよ万邦の民、明治40629日は、これ日本政府が谷中村を滅ぼせし日なるを・・」と記された歴史。富国強兵政策の国家的プロジェクトの下で何が起こったのかを知ることができる。古河による足尾銅山開発とそれに伴う鉱毒被害は放置され、山谷は荒れ果て、渡良瀬川流域は大洪水による被害拡大の悪循環に陥る。その現実に立ち向かった農民と田中正造の闘いの軌跡。「真の文明は、山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さざるべし」と鋭く権力を批判した正造は、国家による「棄民」の不条理に立ち向かった。
しかし私たちは「3・11」を経験した後で、正造の生涯を学び直してみると、これは百年前の足尾銅山の鉱毒問題だけではなく、「水俣」と「福島」へと繋がる現代日本の大きな課題であるということだ。命と未来を懸けた闘いの記録である。その闘いはかつてと同じように幅広い裾野の広がりが求められ、一人ひとりの生き方が問われている。23日の午後3時からは、子どもたちを守りたいと願うママたちが、渋谷で脱原発の「ママデモ」を企画しているという。子どもたちの命と未来への切実な願いと祈りは、百年前と深く通底するものであると思う。

2014年3月15日土曜日

坂町坂だより NO.325



 先週はあの「3.11」以来3年ぶりにこの欄をお休みさせて頂いた。土曜日の段階で、体力・気力が限界になっていたためである。

 実は2月末から3月上旬にかけて長老会の承認を得て、初めてのイタリア旅行に出かけた。信徒の友誌の「ようこそキリスト教名画の世界に」欄を1年間連載していた長女が、予てから計画していたイタリアの美術館と諸教会の名画を見る旅に同行したためである。彼女はキリスト教美術を専門とする現役の学芸員である。私は生涯で4度目の海外旅行、欧州は初、JTBの企画する団体の旅も初めての経験であった。

 ダビンチの「最後の晩餐」とミケランジェロの「最後の審判」の両方が見られて、ミラノ・ヴェネチア・フィレンツェ・ローマの4都市を巡り、各地の教会や美術館見学の団体予約がなされ、観光ガイドが付く旅である。上の二つの「最後・・」は、現在個人で自由に見ることが極めて困難と言われている。娘の緻密な計画では途中のオプション観光の時間は、ひたすら教会と美術館巡りが組まれていた。私はただただ娘の後に付いてフィレンツェとローマの町を巡り歩いただけであった。両手では足らない数の教会と美術館などを巡り、何千という絵画や彫刻を見て歩いた。分からないことはすぐ傍の学芸員に聞けば良かった。その上に元々組まれていた美術館に大伽藍巡りである。膨大な量の美術に関する情報が入り込んできたが、まだまだ混乱していて、どこを歩いて何を鑑賞したのか整理できていない。

 その旅の2日目、最初の美術館で「最後の晩餐」見学直前に、留守を守っていた妻から訃報が届いた。教会員のI氏が召されたとの報に正直衝撃を受けた。ご親族の訃報と私の旅による不在とが3年連続で重なってしまったからだ。ご自宅にお電話して不在をお詫びし、概要の打ち合わせをしながらも、移動する車中において前夜式と告別式のメッセージをノートに作り始めた。それと並行して各地の名画と大伽藍を巡る旅は新しい出会いや様々な発見と学びを与えられ、無事に帰国。直ちに準備に励み、日曜礼拝に続いて葬儀が持たれ、多くの方々とともに故人を想起し、その信仰の生涯を分かち合うことができたと思う。全力で走り抜けたような2週間、少し落ち着いて受け止め直したいと思っている。

坂町坂だより NO.324


 

 先日TVで山田太一氏脚本によるドラマ、「時は立ちどまらない」が放映された。録画しておいて日曜日の午後、夫婦して涙しながらじっくりと観た。もうすぐあの「3・11」が再び巡ってくる。早くも丸3年が過ぎ4年目を迎える。この間、被災地では何が変わったのだろう。

 ドラマの筋立ては、あの日から5日前の日曜日、二つの家族が婚約の顔合わせをするところから始まる。大学出の才媛で市役所勤めの一人娘、彼女の家族は信用金庫の支店長の父と母と祖母、家族は高台に住んでいた。一方は浜に生きる漁師家族、祖父母、両親、長男と二男の6人家族。

彼女は漁師の長男の嫁として結婚を決意しているが、ただ一つ条件があった。女性の社会進出のために将来は政治家も目指したいというものだった。そのことを巡るやり取りのなかでドラマが始まるが、あっと言う間にあの日がやってきた。浜に住む家族は、祖母・母親・長男が亡くなった。片や全員が無事で、家も車も残った彼女の家族。そこからの展開は痛いほどのセリフのやり取りが続く。とても素晴らしいドラマに仕上がっていると思ったし、さすが山田氏の脚本であると思う。出演者の演技力も光った。彼らの語る言葉の一つ一つは、実際に被災し愛する家族を失った方々の腹の底から絞り出すような叫びを、作家が丹念に拾い集め、言葉にならない事柄を誠実に描き出していると思った。

私自身これまでに20回ほど岩手に足を運んだが、2年目になってもドラマに出てきた鋭い叫びのような言葉を何度もぶっつけられ、また生と死を分けた圧倒的な体験を聴き、その重さの前にただ佇むだけであった。恐怖のような叫びと無言の涙や呻くしかない思いのほんの僅かな部分を聴くことができた。しかしそれができたことを感謝しようと思う。

あの時期、久しぶりに再会すればほとんどの場合誰もが「ハグ」をしていた。日本人の習慣にハグは余り馴染みがなかったように思われる。だが誰もが弱さと深い寂しさを抱えて生きているのだ。自分たちは尚も生かされていて、生きて再会できた、そのことが圧倒的な事実なのだ。先のドラマのなかでも「ハグ」は大きな要素になり、共感と共苦を象徴するものとなる。来る「3・11」の『遺体』の上映会、新たな思いで4年目を迎えるために、共感と共苦の祈りの時としたい。